再生可能エネルギー由来水素の地域製造・活用:技術、事業性、法規制、地域実装の課題と展望
はじめに
地域レベルでの脱炭素化とエネルギー自立を目指す上で、再生可能エネルギーの導入拡大は不可欠です。しかしながら、再生可能エネルギーは天候に左右される変動電源であるため、電力系統の安定化や、供給過多時の電力の有効活用が課題となります。この課題に対する有効な解決策の一つとして、再生可能エネルギー由来の余剰電力等を活用した水素製造と、その地域内での利用が注目されています。
本稿では、地域における再生可能エネルギー由来水素(以下、再エネ水素)の製造・活用プロジェクトに焦点を当て、その実現に向けた技術的な側面、事業モデルの構築、関連する法規制への対応、そして地域への実装における課題と展望について、多角的に深掘りしてまいります。
再エネ水素製造・活用の技術的論点
地域における再エネ水素プロジェクトを推進する上で、採用する技術の選定は極めて重要です。主な技術的論点は以下の通りです。
1. 水素製造技術
再エネ水素製造の主流は、水の電気分解によって水素と酸素を得る「水電解」です。地域での導入において考慮すべき主要な水電解技術は以下の通りです。
- アルカリ水電解: 実績が豊富でコスト競争力に優れますが、応答性が比較的低く、変動する再生可能エネルギーの出力変動への追従に課題があります。大規模施設での採用が多い技術です。
- PEM(固体高分子膜)水電解: 応答性が高く、小型化に適しています。再生可能エネルギーの出力変動に柔軟に対応できるため、地域分散型の製造に適しています。コストはアルカリ水電解に比べて高めですが、技術開発により低コスト化が進んでいます。
- AEM(アニオン交換膜)水電解: アルカリ水電解とPEM水電解の利点を組み合わせた技術として期待されています。非貴金属触媒の使用が可能であるなど、コスト削減の可能性を秘めています。開発途上の技術ですが、今後の地域導入において有力な選択肢となる可能性があります。
地域における再エネ水素製造では、特定の再生可能エネルギー発電設備(例:太陽光発電所、風力発電所)に併設する形で、その余剰電力を活用するケースが多く見られます。この際、水電解装置の容量や応答性は、接続される再生可能エネルギー設備の出力特性に合わせて最適化する必要があります。
2. 水素貯蔵・輸送技術
製造された水素をどのように貯蔵し、利用場所へ輸送するかも重要な技術的課題です。地域内での活用においては、以下の選択肢が考えられます。
- 高圧ガス貯蔵・輸送: 現在最も一般的な方法です。タンクローリーによる輸送が中心となります。地域内の比較的短距離輸送や、小規模な定置利用に適しています。高圧ガス保安法に基づく規制への対応が必須となります。
- 液化水素貯蔵・輸送: 大量輸送に適しますが、製造に多くのエネルギーが必要で、貯蔵・輸送設備のコストも高額になります。地域内での大規模需要地向けや、広域連携での利用が考えられます。
- 水素化物(固体貯蔵): 合金などに水素を吸蔵させる方法です。比較的低圧での貯蔵が可能ですが、重量がかさむ、加熱・冷却が必要などの課題があります。特定の用途や、小規模な定置型貯蔵に適する可能性があります。
- 有機ハイドライド(液化貯蔵・輸送): トルエンをメチルシクロヘキサン(MCH)に水素化するなど、常温・常圧に近い状態で貯蔵・輸送が可能な方法です。既存の石油インフラの一部活用も期待できますが、水素化・脱水素プロセスの効率やコスト、触媒の性能などが課題となります。地域内の多様な利用場所への供給に適する可能性があります。
地域におけるプロジェクトでは、製造場所と利用場所の位置関係、利用量、インフラ整備状況などを考慮し、最適な貯蔵・輸送方法を選択する必要があります。例えば、製造場所の近くで燃料電池フォークリフトやバスに利用する場合、高圧水素でのオンサイト供給が効率的かもしれません。
3. 水素利用技術
地域で製造された水素は、多様な用途で利用可能です。
- モビリティ: 燃料電池自動車(FCV)、燃料電池バス、燃料電池フォークリフト、鉄道、船舶など。地域内の公共交通や物流での利用は、地域住民に再エネ水素の存在を実感してもらう上で有効です。
- 定置用燃料電池: 家庭用燃料電池(エネファーム)、業務用・産業用燃料電池による電力供給。災害時の非常用電源としての活用も期待されます。
- 産業利用: 鉄鋼、化学、石油精製などの産業プロセスでの脱炭素化燃料としての利用。地域に製造業が集積している場合に有力な活用先となります。
- 発電: 水素専焼または混焼による火力発電。大規模な再エネ水素の活用先となり得ますが、発電効率やコスト、既存設備改修の課題があります。
- 熱利用: 燃料電池からの排熱利用や、ボイラーでの直接燃焼による熱供給。地域熱供給システムとの連携も考えられます。
地域における再エネ水素プロジェクトでは、地域のエネルギー需要特性や産業構造を分析し、最も効果的かつ実現性の高い利用先を特定することが、事業成立の鍵となります。
事業モデルと資金調達
地域における再エネ水素プロジェクトは、その技術選定と同様に、持続可能な事業モデルを構築することが不可欠です。
1. 主な事業モデル
- クローズドサプライチェーンモデル: 再エネ由来の電力で水素を製造し、地域内の特定の需要家(工場、バス事業者など)に直接供給するモデルです。製造と利用が一体化しているため、貯蔵・輸送の課題を抑えられますが、需要家確保が前提となります。
- 地域ハブモデル: 地域内の再エネ由来水素製造拠点を中心に、複数の需要家へ水素を供給するモデルです。輸送インフラ(パイプライン、トレーラー等)の整備が必要になりますが、需要の多様化と安定化を図れます。
- 広域連携モデル: 地域で製造した再エネ水素の一部または全部を、地域外の大規模需要地へ輸送・供給するモデルです。輸送距離が長くなるため、輸送効率の高い技術(液化水素、有機ハイドライド等)の採用や、広域でのインフラ整備・連携が必要となります。
地域における再エネ水素事業の事業性を評価する際には、製造コスト(電力料金、設備償却費、運転維持費)、輸送・貯蔵コスト、販売価格(補助金考慮後)などを総合的に考慮する必要があります。現時点では製造コストが依然として高いため、事業性の確保には国の補助金や地方自治体の支援策が重要な役割を果たします。
2. 資金調達方法
再エネ水素プロジェクトは初期投資が大きい傾向があるため、多様な資金調達方法を検討する必要があります。
- 国の補助金: 水素関連技術開発、実証、導入促進のための補助金制度が活用できます。(例:国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の補助金、環境省の補助金など)。これらの制度は対象技術や事業形態に指定があるため、プロジェクトの内容が要件を満たすか詳細な確認が必要です。
- 地方自治体の補助金・融資: 各自治体が独自に設けている再エネ導入や地域振興のための補助金や低利融資が活用できる場合があります。
- 金融機関からの融資: プロジェクトファイナンスや、自治体・保証協会と連携した融資制度などが考えられます。事業計画の確実性や収益性を示すことが重要です。
- 地域ファンド・市民出資: 地域住民や企業からの出資を募ることで、資金調達と同時に地域参画を促すことができます。比較的小規模なプロジェクトや、地域貢献性の高いプロジェクトに適しています。
複数の資金調達手段を組み合わせ、事業計画全体での資金計画を策定することが成功の鍵となります。
法規制と標準化への対応
再エネ水素の製造、貯蔵、輸送、利用には、既存の様々な法規制が関わります。特に重要なのが「高圧ガス保安法」です。
1. 高圧ガス保安法への対応
水素は高圧ガス保安法における「可燃性ガス」および「高圧ガス」に該当するため、製造、貯蔵、移動、消費などの各段階で、設備の技術基準遵守、許可・届出、保安管理体制の構築などが求められます。
- 製造・貯蔵設備: 設備の設計、設置場所、距離基準、安全装置などについて、法規に定める技術基準を満たす必要があります。
- 輸送: 容器、車両などについて基準があり、移動時の遵守事項が定められています。
- 消費設備: 利用設備の技術基準、設置場所、保安距離などが定められています。
高圧ガス保安法の規制は厳格であり、プロジェクトの計画段階から専門家(高圧ガス製造保安責任者等)の関与や、所轄の都道府県知事または高圧ガス保安協会との事前相談が不可欠です。近年の規制緩和の動向(例:圧縮水素スタンドの設置距離緩和など)も注視し、適用可能性を検討することが重要です。
2. その他の関連法規
- 建築基準法: 施設の建設に関わる法規です。
- 消防法: 危険物の取り扱いに関わる法規です。
- 都市計画法、農地法、森林法等: 用地確保に関わる法規です。
- 電気事業法: 余剰電力の活用や系統連系に関わる法規です。
- 環境アセスメント法: 大規模なプロジェクトの場合、環境影響評価が必要となる場合があります。
これらの法規制への正確な理解と適切な手続きの履行は、プロジェクトを円滑に進める上で極めて重要です。
3. 標準化・認証
設備の安全性確保や相互接続性の観点から、水素関連機器の標準化や認証が重要となっています。国際電気標準会議(IEC)や国際標準化機構(ISO)における議論が進んでおり、国内でもJIS規格化が進められています。採用する機器がこれらの標準に適合しているか確認し、信頼性の高い設備を選定することが、将来的なメンテナンスや拡張性の観点からも重要です。
地域実装における課題と展望
再エネ水素の地域実装は、技術や事業性、法規制への対応に加え、地域固有の課題や特性への配慮が不可欠です。
1. 地域住民・関係者との合意形成
水素は「爆発しやすい」「危険」といったイメージを持つ住民も少なくありません。プロジェクトの計画段階から、安全性に関する正確な情報提供、地域住民との丁寧な対話、説明会の開催などを通じて、理解と信頼を得るプロセスが不可欠です。地域の安全確保への取り組み(例:センサー設置、避難計画策定)を具体的に示し、不安を払拭する努力が求められます。
2. インフラ整備
再エネ水素の地域実装には、製造、貯蔵、輸送、利用に係るインフラ整備が伴います。特に、地域内の輸送パイプライン網の構築や、水素ステーションの設置は多額の投資が必要となります。既存のガス導管や燃料供給網との連携可能性、段階的なインフラ整備計画の策定などが検討課題となります。また、製造に必要な電力や水の確保、製造プラントの用地確保なども地域ごとの制約を考慮する必要があります。
3. 地域の経済・社会への影響
再エネ水素プロジェクトは、地域経済の活性化や新たな雇用創出に貢献する可能性を秘めています。地元企業との連携による設備の製造・据付、メンテナンス、輸送業務、あるいは水素を活用した新産業の創出などが考えられます。地域固有の産業(農業、漁業、観光業など)との連携による水素利用モデル(例:ハウス栽培の熱源、養殖漁業への活用)を検討することで、地域資源を活かした独自の事業展開が可能となります。
4. サプライチェーンの構築
再エネ水素の地域内サプライチェーンを効率的に構築するためには、再エネ事業者、水素製造事業者、水素輸送事業者、需要家、設備メーカーなど、多様な関係者間の連携が不可欠です。各主体の役割分担、責任範囲、事業間の連携方法について、明確な合意形成と契約関係を構築する必要があります。
結論
地域における再生可能エネルギー由来水素の製造・活用は、地域の脱炭素化、エネルギーレジリエンス向上、そして地域経済活性化に貢献する大きな可能性を秘めています。しかしながら、コスト競争力、インフラ整備、法規制対応、そして地域社会からの理解促進といった多くの課題が存在します。
これらの課題を克服し、再エネ水素の地域実装を成功させるためには、単一の技術や事業モデルに固執するのではなく、地域の特性やニーズを踏まえ、最適な技術を選定し、持続可能な事業モデルを設計し、関連する法規制に適切に対応し、そして何よりも地域住民や関係者との丁寧な対話を通じて合意形成を図ることが不可欠です。
再エネ水素に関する技術開発は日進月歩であり、国の政策支援や法規制の緩和も進んでいます。自然エネルギー関連企業の皆様におかれましては、これらの動向を注視するとともに、地域レベルでの具体的なプロジェクト形成において、本稿で述べたような技術的、事業的、法規制的、そして地域実装に関する多角的な視点から、その可能性を深く検討されることが、今後の事業拡大や新たなビジネスチャンスの獲得に繋がるものと考えられます。